++  横光利一「蠅」についてのコメント  ++
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この掲示板は、第7回研究集会に呼応してつくられたものです。以下の趣旨に共感される方は、自由にコメントを書き込んでください。書き込まれたコメント類は、当日のディスカッションの参考にさせていただきます。
共通テーマは「教室のなかの横光利一」です。教科書や入試をふくむ教室/教育空間には、みえない諸力が働いているようです。だれもがいちどは通過する「教室」において、横光の作品(とくに「蠅」)はどのように読まれ、扱われてきたかを議論してみたいと思います。
対 象とするのは、横光利一の「蠅」[1923]です。それ以外の作品についてもOKです。「教室」で横光の作品を読んだり教わったりしたことのある人、ある いは教える側にたったことのある人は、そのときなにを感じ考えたかを自由に書き込んでください。たとえば、「面白かった、面白くなかった」でも構いませ ん。理由があれば、なおさら結構です。
横光利一の文学は、現代の私たちになにを伝えるのでしょうか。教育現場のリアルな声をひろく募集しています。
〔注意事項 ※投稿する際の「color」選択について〕
(1)教室で教わったことのある人(学生、生徒さん)は「blue」。
(2)教室で教えたことのある人は「red」。
(3)教室とはかかわりなく読んでいる人は「green」。
(4)テーマから外れるコメントは「gray」。
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■(no subject)
  羊のふた  
『蠅』の矛盾を指摘 しよう。そもそも『蠅』とは、人間と蠅とにおける生死の対比と転換をテーマとした作品である。その上で、生命のはかなさや運命の不条理さまでも醸し出して はいるが、やはり注目すべきは二者(人間と蠅)の立場の様相であろう。まず初めに、この作品は蠅の危機から始まる。くもの網に引っ掛かるという、いわば死 を内包している状況である。この時、人間たちはまさに生を象徴している。何故なら、農婦は急ぎ街へ行きたいという強い願望ゆえに生を暗示し、若者と娘は逃 げ続けるという事で死を否定し、御者と親子と田舎紳士はその安穏ぶりを用いて静かな生を形作っているからである。これらの事は最後の場面からも推測でき る。終盤に、崖から転落した馬車内の人間と、悠々と飛び立った蠅。この時、人間たちはまさに晴天の霹靂の如き死を、蠅は生き生きと躍動する生を示してい る。実に、二者の立場(生と死の)が対比したままで、最初と最後の間で転換したに違いない。つまり、こういう事である。人間は生から死へと描かれており、 蠅は死から生へと描かれている。見事な動的対立関係である。だが、一つだけ妙である。蠅一匹がくもの網に引っ掛かる程度の事が、はたして死を暗示する要素 になるだろうか。いやいや蠅から見れば自身の生命の危機だろう、成程、蠅視点で考えるならば確かに死を意味している。しかし、それだとある矛盾が生まれ る。蠅はくもの網には引っ掛かるが、自力か運か、とにかく脱出しているのである。これは危機よりの生還、換言すれば九死に一生である。はたして、命からが ら生き延びた時、その者は生と死と、どちらを強く実感するだろうか・・・生である。命ある喜びを噛み締める事は無論であろう。要するに、序盤の蠅は死を意 味する事に失敗している。これは間違いなく生である。ここで動的対立関係が破綻しているのである。従って、自分ならば序盤で蠅は助けない。くもの網自体を 最初から馬車に付着していたものとして、蠅はずっと捕われたままだったとする。終盤に、崖から馬車が落ちる時、その振動で蠅はくもの網から初めて脱出で き、そのまま大空へ飛び立って行った、とする。これでこそ、真の動的対立関係へと帰結するであろう。
 
[No.13] 2006年07月05日(水) 13:03:14
172.16.55.15 [unknown]


■(no subject)
  真理子  
小さい虫はちょっと不快だから、とぷちっと殺される事が多いです。 そんな時私は「虫でなければもう少し生きられただろうに」と思います。
ですが『蝿』ではその逆で虫だから生き残ることが出来ました。 不思議なものですね。
 
[No.11] 2006年07月05日(水) 12:00:45
218.228.233.116 [unknown]
    ■Re: (no subject)
      真理子
    書き忘れ
    龍谷文学部一回生です
     
    2006年07月05日(水) 12:02:49
    218.228.233.116 [unknown]


■「蠅」について
  みつお(龍谷大学・文学部)  
とてもおもしろい作品だと思う。
途中までは冷淡なほど淡々と書かれていたのに、
最後は劇的な感じがした。

蠅にとっては、人々の人生の悲しみや喜びなど興味がなく、
最後、人々の「死」という破滅的な姿とは対照的に、
蠅だけがいきいきと「生」を実感させてくれる。

ほんとうに蠅の目をとおして見ているようで、
客観的に距離をおいて、
人々の姿をくっきり見ることができると思った。
 
[No.12] 2006年07月05日(水) 12:02:02
58.70.114.29 [unknown]


■蠅の感想
  タカハシヒ(龍谷大学1年・文学部  
僕はこの小説は好きです。物語の前半部で静寂な雰囲気を作りだし、後半で何かが起こることを漂わせるような話しの緩急が(短編小説ならでは)とてもシンプルに出来上がってると思います。
また、人間と蠅の非関連性がとても面白いです。物語の中での蠅の役割を考えさせる問題なんか教科書には最適だと思います。
 
[No.10] 2006年07月05日(水) 9:45:47
218.123.20.156 [unknown]


■「蠅」について
  はるか(龍谷大学・文学部)  
どうして最後こういう結末にしてしまうのか……と
ほんの少し嫌気がさしてしまいました。
でも人物それぞれは面白いし、
読むことに退屈はしないけれど、
学ぶ対象としてはどうだろうと疑問が残りました。

4ヵ月前までは高校生だった私からすると、
こんなテキストが教科書に入っていたら、
ちょっと嬉しいけれど、
教育実習で教えるのは絶対嫌です。
個人で楽しんで読むのはいいけれど、
教室でいっせいに勉強させられるテクストではないんじゃないかなぁ。。

 
[No.9] 2006年07月05日(水) 9:38:39
218.251.13.184 [unknown]


■(no subject)
  マサシ(龍谷大学・経済学部)  
数々のドラマが馭者のいねむりで、一瞬にして消え飛んでしまうはかなさ、突きはなされた感があり、おもしろかった。

どんな人でもただ確率のとおり、特別なこともなにもなく、死は平等に訪れて、どんなドラマがあろうと死んでしまう、終わらされてしまう不条理があると思う。

蜘蛛の網から助かったハエと死んだ人々との対比も印象的であった。

 
[No.8] 2006年07月05日(水) 7:02:13
60.56.150.108 [unknown]


■「蠅」について
  えいじ(龍谷大学・文学部)  
ところどころに見られる風景、
生き物たちの描写は素晴らしいと感じたが、
ストーリーがすごく嫌だった。
人が死ぬことを軽く扱っているように感じた。
みんなが崖から落ちて死ぬことに、
ほんとうは何か深い意味が隠されてるとしても、
登場人物たちをあんなに軽く死なすことで、
それを表現することはないと感じた。



 
[No.7] 2006年07月05日(水) 9:42:31
218.251.13.184 [unknown]


■(no subject)
  しゅんすけ(龍谷大学・文学部)  
「目の大きな蠅」は、事実を事実として認識する存在ではないでしょうか。何かと意味を求めがちな人間に対して、「実存」をちらつかせる存在というか。「大きな目」は、意味を求める人間の「大きな頭」と比べられるのだと思います。

人間にとっての意味の世界の事情が、意味づけを持たない蠅にとって、どれほど無意味かという逆説、その究極がラストのカタストロフィであり、ドライな描写がそれを裏付けています。

一般的な小説(とくにファンタジー)では、蠅と人間が非現実な関係性をもってこそ物語としての面白さをえていますが、この小説の面白さは、むしろ人間と蠅の関係性が「現実」のとおりに描かれていることにあるのではないでしょうか。

 
[No.6] 2006年07月04日(火) 22:09:24
219.75.222.29 [unknown]


■「蠅」の感想
  まさよし(龍谷大学・文学部)  
人々の細かい心情とか事情とかが色々あって、
人それぞれの物語を想像させるのに、
しかも皆死ぬというカタストロフを起こすのに、
それら全てが、最後の死でさえも、
蠅からみれば別にどうでもいいことで、
羽を休めるだけの時間でしたー、っていう皮肉。
人間達のさまざまな悲劇、不条理、
そんなん蠅には関係ないよ、っていう横光利一がこめた皮肉だと思う。
教科書としては、さまざまな人々の物語を推察させるのと、
最後の全滅の意味、不条理さくらいまでは教えられそうだけど、蠅のことまでは説明しにくいと思う。
 
[No.5] 2006年07月04日(火) 21:35:25
219.75.222.29 [unknown]


■「蠅」について書き込ませていただきます。
  タカシ(龍谷大学・経営学部)  
私はこのテクストは教科書には向いていないと思う。
確かに作品自体はおもしろいのだが、編集者が学生に何を感じとらせたくてこの作品を載せるのか理解できない。
もし「偶然に左右される人間の不条理」と教えられたとしたら、ものすごく不快だ。
予め「運命なんて決まってる」みたいな薄っぺらい運命論を教壇の上から言われたら、「何様やねん」と思う。
これから先がある高校生に運命の不条理さを述べる意味があるのかわからない。
そのように教えるのなら、載せない方がマシだ。

 
[No.4] 2006年07月05日(水) 9:40:17
218.251.13.184 [unknown]


■「機械」のことで申し訳ないのですが……
  田口(龍谷大学)  
■書き込みが少ないと、生徒さんたちの敷居がたかいでしょうから、すこし書かせてもらいます。でも教師軍団が幅をきかすのもまた逆効果ですが……


■たまたま最近、授業で「機械」をやりました。90分を2回やっただけなので、あまりつっこんだ議論はできませんでした。反応はまちまちですが、二三紹介します。1回めの感想です。「……」は田口が省略したところです。(「蠅」でなくて申し訳ないです。)


■「まったく意味不明であるが、なにか自分のことは自分がいちばんよく分かっているという考えを否定したいのではないかと思う」(経済学部3年・男性)


■「めっちゃよくわからない話でした。……なんだか夢の中でみた話みたい。……自分でやったかやってないのかわかっていないところが一番奇妙です。」(文学部1年・女性)


■「読めない……まず一人称視点だというのが気になる。……主観となる人間が異常なのであれば、世界が奇妙なのも当たり前で、……主観の危うさがそのまま世界の危うさになることを表している気がする。」(文学部1年・男性)


■2回めの感想は、また後日にでも。

 
[No.2] 2006年07月03日(月) 20:15:58
58.70.0.192 [unknown]


■書き込みサンプル
  yamazaki  
 「蠅」もしくはそれ以外の横光作品についてのコメントをお寄せ下さい。
 「教室」には、中学・高校・大学、さらには、塾・専門学校、あるいは入試などの試験もふくめ、より広く教育の場を想定しています。
 
[No.1] 2006年07月02日(日) 12:54:34
220.157.231.227 [unknown]


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